私は情けなくも申し訳ない気持ちで、目の前に立ちはだかるザビリアを見上げた。圧倒的に大きくて美しい、恐怖の象徴である「黒竜」がそこにいた。ザビリアは、再度上空に飛び上がった2頭の青竜を睨むと咆哮を上げた。咄嗟に、音声遮断の魔法を騎士たちの周りに展開させる。まともにザビリアの咆哮を聞いてしまったら、ただでは済まないだろうから。青竜2頭は、ザビリアの姿を見ても退散する気配はなく、牙を剥き出しにして威嚇しながら上空を旋回していた。……ザビリアは言った。昔、ザビリアは青竜だったから、青竜とは戦いたくないと。たった一つの望みも叶えてやれないとしたら、私は友達失格だ。手を伸ばしてザビリアに触れると、ぽんぽんとその体を叩く。「庇ってくれてありがとう。そして、威嚇してくれてありがとう。後は、私と騎士たちに任せてちょうだい」そうして、騎士たちを振り返ると、全員揃ったように同じ表情をしていた。ぽかんと口を開けて、目を見開いている。「こ、こ、こ、こ、黒竜王……?」「こ、こ、こ、古代種ので、で、伝説の竜。ほ、ほ、本当に実在した……!!」そして、私を驚愕したように見つめてくる。「フィ、フィ、フィ、フィーア! おま、おま、黒竜王って敵だよな? は、は、離れろ!!」「こ、こ、殺されるぞ! は、は、は、離れろ!!」一人だけ表情が違うのは、クェンティン団長だ。感極まったように両手を握りしめて、ザビリアを凝視している。「何と……、何と気高きお姿か……! ああ、直接ご拝顔の栄に浴するとは、何たる僥倖か!! 美しい、雄大だ、神々しい、……ああ、言葉とは何と無意味なものなのだ!!」……うん、安定の意味不明さね。クェンティン団長につられたわけでもないだろうけれど、まるで感情が決壊したかのように、一人の騎士が笑い出した。「………やべぇ。オレ、恐怖で幻覚と幻聴が始まった。フィーアが黒竜王の名前を呼んで、話をしたように聞こえたし、なんか、まるで親しいみたいに、フィーアが黒竜王をぽんぽんとしているように見える。やべぇ。オレの目と耳、壊れた!!」うんうん、皆さん混乱しているわね。チャンスは今だわ。……この混乱状態なら、騎士たちに強化魔法をかけても、気付かれないかもしれない……私は騎士たちに向けて両手をかざすと、強化魔法を発動させようとした。けれど、まさに発動させようとした瞬間、ザビリアが後ろからこつんと頭をくっつけてくる。いつにない甘えたような仕草に、私は驚いてザビリアを振り返った。「……ザビリア?」「フィーア、僕の世迷いごとのような言葉を真剣に受け止めてくれてありがとう。僕はどうかしていたよ。大事なものを間違えるなんて。……間違ってはいけないものを、間違えるところだった」そう言うと、ザビリアは空中を旋回している青竜たちに視線を向ける。「あの2頭は、僕に任せて。ねぇ、フィーア、青竜と戦いたくないというのは、僕の勘違いだった。僕のやりたいことは、フィーアを守ることだったんだ」そうして、私の返事も待たずに立派な翼を広げると、ばさりと上空に向かって羽ばたいていった。ザビリアはほんの数回の羽ばたきで、青竜たちよりも上空に位置した。青竜たちは突然距離を縮めてきたザビリアに警戒したようで、ザビリアの右と左に位置取りをすると、左右から大きな口を開けて威嚇してくる。