第57話 映画の時間です 綺麗に洗った大鍋を手渡すと、一条さんはにこりと微笑む。 夕食会のあと、そのまま彼女の部屋まで送った僕らは、玄関の明かりに包まれていた。「ありがとうございます、ここまで送ってくださって」「いえ、こちらこそご馳走していただいて。良ければまた一緒にお食事でも」「ご馳走様、薫子さん。豚の角煮、びっくりするほど美味しかったです」 僕、そして傍らのマリーを順に見て、くすぐったそうに彼女は笑う。 お酒のせいで幾分か赤い顔をしており、そして少女からは小旅行のお土産を手渡された。 おやすみなさいと声をかけあい、そしてシンと静まり返った廊下を歩く。 月明かりの見えない夜に、しとしとと雨は降り注ぐ。街灯を眺めていると、手のひらを少女から握られた。 振り返り、少しだけ僕の胸は音を立てる。 雨が降りしきる夜のなか、浮かび上がるよう美しい少女が僕を見上げていたせいだ。 いや、何度となくその真っ直ぐな瞳に僕は魅了されている。魅了され続けていると言ってもいい。 妖精という表現がぴたりと合い、だからこそエルフが発する甘えるような声に心を揺さぶられてしまう。「ね、映画、一緒に見ましょう」「そうしようか。もう通訳の必要が無いのは少し寂しいけどね」「あら、お役御免だとでも思っているのかしら? あなたは背もたれとしてもぴったりなのよ」 おや、いつの間にやらクッション扱いになっていたなんて。 それではエルフさんのお尻に敷かれるとしましょうか。 止まっていた足はようやく進み、上の階にある部屋へと向かった。