さて。 なんだこれ。 とんでもねえ状況だなマジで。 どうしよう。 このまま着地しても、まあクソ痛ぇだろうが、別に死にゃあしない。 だが、俺はまだいいとして、無辜の使用人が痛い目に遭うのだけは絶対に避けなければならないところだ。 ゆえに、二人分の落下ダメージを無効化する必要がある。 俺の知っている方法は、主に五つ。 一、装備品の付与効果で“落下ダメージ耐性”の値を最大にする。 二、《変身》の無敵時間8秒を利用する。 三、「発動後に特定のモーションが自動で開始されるスキル」を着地の直前に使用する。 四、着地の直前にログアウトし、その後ログインする。 五、着地の直前に“騎乗ユニット”の半径2メートル以内で《乗馬》スキルを発動する。 この中で、今この刹那に不都合なく選択できる手段であり、且つ二人分という条件を満たす方法は――五番目のみ。「あんこ、変身」「御意に」 以上の判断を1秒に満たない間に行う。 殆ど“直感”である。 崖から落ちてんなぁ、と思った直後には、もうあんこに《暗黒変身》の指示を出していた。人間の脳みそとは斯くも不思議なものなのかと、落下中にも関わらず少々の感動を覚える。 転移してきた瞬間もそうだ。あんこは崖の断面に映ったイヴの影に《暗黒転移》し、間髪を容れずに俺をイヴの背面へと《暗黒召喚》してくれたのだと、俺は今、感覚で理解している。よくもまあこの一瞬のうちにここまで把握できるものだと、自分で自分の脳みそに感心してしまう。 今思えば、プルプル君からの通信に「崖から落ちそう」と書いてあったことが、大変プラスに働いている。俺がこれほどすんなりと状況を飲み込めているのは、恐らく彼のお陰だろう。「……っきゃ!」 慣れたもので、ひょいっとあんこの背中へ“乗馬着地”をキメると、お姫様抱っこ中のイヴから短い悲鳴があがった。 怖かったのかもしれない。いや、怖いよな、常識的に考えて。 だって、あれだけ凄まじいスピードで落下していたあのエネルギーは一体何処へ行ったんだと、突っ込まずにはいられないほど物理法則をガン無視した摩訶不思議な現象が、たった今、目の前で発生したのだから。いや、なんならその身を以て体験したのだから、悲鳴の一つや二つあげるだろう。 現在、俺たちは、つい1秒前まで崖から落下していたことなどまるで嘘だったかのように、狼型となったあんこの背中にまたがって平然としている。 仕組みは単純。《乗馬》スキルの発動と同時に、落下開始位置がリセットされた。ただそれだけ。 ちなみに、対象の騎乗ユニットが馬だろうが飛龍だろうが暗黒狼だろうが、それに乗って操るスキルは《乗馬》である。馬じゃないのに乗馬とはこれ如何に。「あんこ、もういいぞ」 無事に崖の下へと着地できたので、あんこに再び変身を命令する。 あんこはボフッと人型に戻ると、そのままへなへなと俺の体にしなだれかかった。「う……動けませぬ……」 日陰の少ない場所のため、陽光に晒されてしまったようだ。 俺は感謝とともに「暫く休んでな」と伝えて、あんこを《送還》する。実に素晴らしい働きっぷり。何かご褒美を考えておかなければならないだろう。「災難だったな」「ぁ……っ……」「ん? ああ、気にするな。まあこういうこともあるさ」「……っ……っ!」「安心したのか? 泣くなら泣いていい。生憎とこんな場所しか空いていないが」