「叡将戦は新時代へと移り変わるのやもしれんな」「……ぇ……あ、はぁ」「今後はムラッティ君とセカンド六冠が先頭に立ち、切り拓いてゆくのだろう」「いやいやセカンド氏が先頭なのは確定的に明らかなわけでして拙者なんかそんな劣化版というのも烏滸がましいレベルの豚ですので先頭とかちょっといや結構恐れ多いといいますかなんといいますかいやはや汗が止まらないんですがこれ」「……君は彼の話となると、なんだ、やけに饒舌だな」 叡将戦挑戦者決定トーナメント決勝、ゼファー対ムラッティ・トリコローリの試合。 試合開始前から、場内の雰囲気はなんとも白けたものであった。 仕方がない、とも言える。 何故なら、どちらが勝つかが明白すぎるのである。 ケビンとの試合のアレを見せられては、もはや誰もがムラッティの勝利以外を想像できなくなってしまったのだ。 そして中には「早くセカンドとムラッティの試合を見せろ」と……心ない野次を飛ばす者もいた。「……ふ……」 当然、その声はゼファーにも聞こえている。 しかし当の男は、静かに瞑目し、年相応に増えてきた顔の皺を更に深くして微笑むのみであった。 ムラッティはどう声をかけていいかわからず、沈黙する。 そんなムラッティを気遣ってか、ゼファーが一言、こう口にした。「一思いに頼むぞ」 彼は既に、逃れられない敗北と向かい合い、覚悟を決めていたのだ。「……っ」 ムラッティは、不意に気付かされる。 ゼファーの言葉は、即ち、手加減してくれるなよという忠告。 ――手加減。 そのような発想、一度たりともしたことがなかった。 今、思えば……セカンドは、一体どれほどの手加減をしていたのだろう?「…………」 そう考えた瞬間、ゾクリと、ムラッティの背中を得も言えぬ冷気が這い上がった。「――互いに礼! 構え!」 まだまだ、と。 ムラッティは自身に言い聞かせる。 何度も何度も繰り返してきた言葉。「でゅふっ」 つい、笑みがこぼれてしまう言葉。 魔術とは、解き明かせども解き明かせども底の見えない、無限の宝箱。 魔魔術もまた、そうであり。 セカンド・ファーステストという男もまた、そうであった。「――始め!」 開始の号令。 同時に、ムラッティは《風属性・参ノ型》《溜撃》を、ゼファーは《風属性・伍ノ型》を詠唱する。 いくらゼファーのHP・MGRが高くとも、ムラッティの高INTによる《溜撃》ばかりはダウンせずに耐え切ることなどかなわない。 しかし、ゼファーはこの自爆以外に戦法を用意してきてはいなかった。 否、仮にそれ以外の戦法をとったとしても、負けると悟っていた。 【魔術】と【魔魔術】では、勝負にならない。 そんな当然のことに、当日になってようやく気が付いたのだ。「……是非もなしか」 ゼファーの伍ノ型は詠唱が間に合わず、ムラッティの溜撃は十分なチャージを済ませて放たれる。 眼前に迫りくる風属性魔術の塊を見つめながら、ゼファーはぽつりとそう呟いた。 敗北。老いさらばえ、力及ばず、適応できず、新たな時代の波に取り残されていく感覚。時代は彼を置いて何処までも何処までも進んでいく。距離はどんどんと離れていく。どんどん、どんどん、離れていく。 第一宮廷魔術師団長ゼファー。今年で五十六歳。追いかける気力は、食らいついていく気力は、もはや……。「――それまで! 勝者、ムラッティ・トリコローリ!」