「んふふ、あなたって面白い。すぐ顔に出るんですもの」「それって笑うところかなぁ。僕もそれなりに傷ついているんだけど」「あなたはあなたでいいの。それにもう覚える必要なんて無いでしょう? だって私が呼び出してあげるから、いつだって遊べるじゃない」 ね? と腕にしがみつかれた少女から見あげられて、確かにそうだなと思い直す。 しかしそんな会話を聞いていた夫妻はというと、なぜか頬を赤くして瞳を真ん丸にしていた。徹さんは震える指先をこちらに向けて、おずおずという風に口を開く。「それってつまり、ずっと一緒にいるってことかい?」「え、でも大体いつも一緒だよね?」「お仕事のあいだ以外はそうかしら。でも、別におかしなことでもなんでもないでしょう?」 揃って小首を傾げてみせると、徹さんはなぜか「どうして分からないのかな」と頭を抱えている風だった。それまで丸まっていた黒猫なんてさっさと桟橋から立ち去ってゆくし、その後ろ姿は怒りを滲ませている。 どうしてそんな反応をするのだろう。視界の端でボリボリときゅうりをかじる火とかげを眺めながら考える。 しばらく悩んだ僕は、ようやく夫妻が気にしていることに気づけた。「あ、こう見えて僕たちは子供のころにエルフ語と共用語を覚えあった仲なんです。だからいくら一緒にいても喧嘩とかしませんよ?」「あなたね、私から喧嘩をふっかけられたことにも気づけなかったの? それと私は共用語だけじゃなくって西域地方の主要言語もしっかり覚えていたわ」 う、うん、と僕は生返事をする。 ……喧嘩をふっかけられたって、なんだ? いつも可愛いなと思っていたけど、なにか嫌われるようなことをしたのかな。もしかして何度も釣りを誘っていたのは嫌がられていたのだろうか。でも釣りというのは美しい自然を感じるのに最も適しているのだから、覚えてもらえたら旅を楽しめるはずであって……。「北瀬君、北瀬君、言いたいのはそういうことじゃないから。えーと、つまりだな」 なぜか傍らの薫子さんに目配せをして、なぜか彼女はコクリと頷き返す。それから咳ばらいをひとつして、緊張を帯びた表情で彼は口を開いた。「君たち、もう結婚したら?」 さああと風に吹かれながら、僕らは動きを止めた。 そうだっけ、と思いながら隣に視線を向けると、そうだったかも、と彼女の瞳は返事をしているかのようだ。 あわあわとした仕草で「や、今のは冗談で!」などと徹さんが戸惑っている様子を見ながら考える。 そうそう、そうだった。僕とマリーが結婚することをとっくに決めているけど、二人にはまだ伝えていなかった気がする。いや、確かに伝え忘れていた。 どうしよっかと視線を合わせて相談していると、いつの間にやら火とかげまで薫子さんの隣に正座して、パリパリときゅうりを齧っている。見た目としては「あらまあ」と言いながら昼ドラを観ているようであり、僕としてはどこから伝えたものかなと悩ましい思いをした。