「フフ、いいんですよ、そんなに隠さなくても。ぼくが美しいのは世界中の人が知っているところですからね。殿下が釘付けになられるのも無理はありませんよ」 うんうんと納得したように伯爵はうなずく。半分は図星だったためセシリアはますます赤くなった。どうして彼はこんなに目ざといのだろう。 怯んだのがわかったのかどうか、すかさず伯爵がさらに身を乗り出してくる。 「そんなにお好きなら、遠慮なさらずぞんぶんに言葉に出して褒めてくださっていいんですよ? 殿下、ぼくとの賭けのことをお忘れではないでしょうね。早くお声を聞かせてくださらないと、可愛い声の小鳥を連れてきちゃいますよ?」 あくまでもにこやかに、けれどセシリアにとっては残酷なことを彼は平気で言う。 そんな賭けのことなど知らない。むしろ声が出ないことすら忘れていた。 ──彼といると、いつのまにか心の中で饒舌になってしまうから。 (なによ……なによっ!) いろんな感情が一気に高ぶり、カッとなったセシリアは帳面に乱暴にペンを走らせた。 『帰って!』 殴り書きのそれを、伯爵が平然と見る。セシリアは咄嗟にその頁ページを破りすてると、ぐしゃぐしゃに丸めて彼に投げつけた。 腹のあたりに当たったそれは、ころんと床に転がっていく。セシリアは軽く息を切らし、呆然とそれを見た。 (あっ……) すぐに頭が冷えた。 我ながら自分の行動が信じられなかった。頭に来たのは確かだがそれを誰かにぶつけるなんて──しかも物を投げるなんて、ありえないことだ。少なくとも淑女のやることではない。 はっとして伯爵を見やる。当然彼も驚いただろうし、こんなことをされて怒っているだろう。そう思って顔を強ばらせたが──。 (……え!?) うつむき加減に転がった紙くずを見ていた伯爵は、なんと、にやりとほくそ笑んだのだ。 「いやー、お見事です、殿下。次はもっと大物を投げられてはいかがです? きっと気分爽快で気持ちいいと思いますよ。よかったらぼくもお手伝いします」 にやにやと嬉しそうに笑う伯爵を、セシリアは啞然として見つめる。すると伯爵は、はっとしたように胸を押さえた。 「ひょっとして、今の行為はぼくへの愛のメッセージだったんですか? やだなあ、それならそうと言ってくださらないと!」 今度は何を言い出すのか。目をむくセシリアに、伯爵はにっこりと自分の胸を示す。 「次からは、ぼくに愛の言葉を投げたい時には、ちゃんとここを狙ってくださいね?」 「……っ」 完全におちょくられている。 むかーっと頭に血が上り、セシリアは帳面の頁をやぶると、ぐしゃぐしゃに丸めてまた投げつけた。何かに取り憑かれたように何度もそれを繰り返し、伯爵にぶつけまくる。 とうとう全部の頁をそうしてしまい、投げるものがなくなっても、まだ怒りは収まらない。 ふと横を見れば、どっしりとした花瓶が目に入った。同じく気づいたのだろう、それまで平然と紙つぶてを受けていた伯爵が、よろよろっと後退る。 「殿下、ま、まさか、今度はぼくにそんなものをぶつけるおつもりですか……!? ああ、それはいけません、殿下の白魚の手を痛めてしまいます。もしそうなったらぼくは傍付きとしてどう責任をとればいいのか……!」 セシリアはむんずと花瓶をつかむ。しきりに止めているのになぜだかあおっているような、その言葉の裏の意味など理解できるはずもない。ただただ、伯爵がうろたえているようなのが嬉しかったのだ。 (そうやって、もっともっと困るがいいわ──!) 今こそやりこめる好機だ。息をはずませ、大きく花瓶をふりかぶったが──。 「──殿下!?」 ぎょっとしたような声がして、セシリアはぴたりと動きを止めた。 振り返れば、リヒャルトが啞然としてこちらを見ている。彼の視線が明らかに花瓶に注がれているのに気づき、セシリアは一瞬にして頭が冷えた。そしてすぐさま真っ赤になった。 こんな非常識な場面を見られてしまうなんて。彼が呆れているのがわかって、恥ずかしいのといたたまれないのとで、咄嗟に寝室に逃げ込んだ。声が追いかけてきたが、聞こえないふりをして寝台にもぐりこむ。 (はずかしい……! どうしてあんなことをしてしまったの。わたくしのばか……!) いつものように、からかわれても我慢すればよかったのに。伯爵に対抗したいがためについむきになってしまった。あんな乱暴なところを見られて、リヒャルトにまで嫌われてしまったらどうしよう。 これもすべて伯爵のせいだ。本当に憎らしいといったらない。 けれど一方では、ためこんでいたものを発散した時の爽快感が頭から離れなかった。 (……ちょっとだけ、気持ちよかった……)