無料という言葉に、商人達の口論が止まって全員の視線がレイへと向けられる。 そうして、レイに向かって弓を引いた商人の男が恐る恐るといったように口を開く。「その条件というのは……何でしょうか? 申し訳ありませんが、私達には支払える物が殆どありませんけど」「別に金の代わりに何か他の物を寄越せって訳じゃない。実は俺はアブエロに向かっていたんだが、その理由がさっきこの馬車を襲っていた盗賊団に対処する為だったんだよ。で、どうせなら後の為に少しでもあの盗賊団の戦力を減らしておきたいと思ってな」「けど、あんたがいれば襲ってこないだろ?」 別の商人の言葉に、レイはセトを見ながら頷く。 尚、肝心のセトはといえば、いつものように街道の脇にある草原に寝転がって目を閉じ、周囲を警戒していた。 何も知らない者……例えばレイの前にいる商人達が見れば、恐らくただ日向ぼっこをしているようにしか見えないだろう。 30℃を超える暑さの中ではあるが。「ああ。確かに俺が……と言うよりも、セトがいれば盗賊団は姿を現さないだろう。だから、セトには離れてついてきてもらう。で、俺は馬車の中に隠れて盗賊団が来るのを待ち受ける訳だ」「……ちょっと待て。それってつまり、俺達を囮にして盗賊団を誘き寄せるってことじゃないのか?」「そうだな」 商人の言葉にあっさりと同意するレイ。 それに対して商人の額に血管が浮き出て、大声で怒鳴りつけようとしたのを制するように言葉を続ける。「俺が護衛を引き受けないよりは、囮として使われても護衛として俺がいた方がいいと思わないか? 盗賊が出てくれば、当然返り討ちにするというのは約束しよう」「ぎっ、そ、それは……」 叫ぼうとした男が声を詰まらせる。 確かにそうなのだ。報酬を払ってレイを雇うというのが無理な以上、取れる手段としてはレイの護衛を諦めるか、あるいは自分達を囮にするというレイの言葉に従うか。 前者は命の危険があるが、後者は自分達が盗賊を引きつける為の餌にされるという屈辱を味わわなければならない。「商人なら自らの利益となる選択をするものだと思うんだが?」 レイの言葉に皆が黙り……そんな中、レイに弓を向けてきた気弱な商人が口を開く。「分かりました、その提案に乗らせて貰います」「おい!」 商人の1人が思わずといった様子で叫ぶが、その言葉が口に出される前に気弱な商人は首を横に振る。「彼が言っていることは正しい。こちらに報酬を支払う余裕が無い以上、盗賊から身を守る為にはどうしても彼の力が必要だ。深紅と呼ばれている冒険者の力が」「それは……」 商人というのは情報が命だ。 そしてギルムではレイが……より正確にはセトが帰ってきたという情報がそれなりに広がっており、商人達も当然その話は聞いていた。 グリフォンを従魔にしている冒険者はレイ以外には存在していない以上、目の前にいるのがその人物であるというのは簡単に特定出来る。「それに、考えようによってはこっちを狙ってくる盗賊達を一網打尽に出来るってことなんだから、それ程悪い話じゃないと思うよ。彼がいる以上、さっきの連中がまた襲ってきたとしてもその時点で向こうの全滅は確定するんだろうし。……ですよね?」「こっちとしてはそのつもりだ」