表面的に回復した傷以上に、アズリーの内部はボロボロだった。 それ程三人の天獣を一人で相手どるのは困難だったのだ。 内部回復促進魔術で回復を図ったアズリーは、その後ギヴィンマジックを足下に置き、三つの魔法を宙図し始めた。「ほいのほい、ハイキュアーアジャスト・カウント3&リモートコントロール!」 倒れる三人の天獣に向かって回復魔法を飛ばすアズリー。 三人の天獣は傷の回復を終えると静かに目を開いた。まるで示し合わせたかのように三人同時に。 未だ膝を突き、息を切らすアズリーの前にゆったりと進み始める伝説の霊獣たち。 俯くアズリーは、三つの影に気付くも、極度の疲労と内部の損傷から顔を上げる事が出来ない。 すると、三つの影がほんの少しだけ動いた。 ようやく顔を上げたアズリーが見た光景は、かつて誰も見た事のない光景だった。「はぁはぁはぁ…………ぁ」 灰虎が身を伏し頭を垂れ、「……え?」 黄龍が長い身体を縮めるように折り畳み、地に口を付け、「はは……は」 黒亀も首を目一杯伸ばし、首を大地に向けている。 やがて息も整い、アズリーは重そうな腰を上げる。「見事だ。我ら三人を全て打ち倒すとは思いもしなかった……」「私たちを九手で詰め寄せた知恵、勇気、また、それを成し得る技術……」「童と思い侮った……いや、無論それはない。全てを出し切り儂等は負けたのだ。なればこそ、この目をその顔より高く置く事は出来ぬ」 灰虎、黄龍、黒亀が口々にアズリーを称える。そして――――「……ははは」「だが――」 伏せていた灰虎の目が開く。「屈服させるだけならばもっと他に手があったはず。これは愚かとしか言いようがない」「あれ?」 続いて黄龍の目が開く。「私たちに掛けた回復魔法。これをする事で再度攻勢に出られると何故思わなかったのか。非常に理解し難いですね。呆れてしまう程の間抜けっぷり」「おやおや?」 当然黒亀の目も開く。「十手目に必要な魔法は本当に回復でよかったのか? いや、必要なのは警戒と牽制。ならばあの魔術を用意したのは間が抜けているとしか思えぬ」「あっれー?」 目だけ笑って首を傾げるアズリー。 しかし、アズリーはまた不思議な体験をする。「「だがそれがいい」」 アズリーの身体を叩く、不思議な力。 三人の声が揃い、アズリーの胸に届けたものは果たして何だったのか。 それは彼らにも、アズリー自身にもわからないものだった。 回復が完了したのか、アズリーの顔に血色が戻ると、アズリーはどこからか湧き上がる不思議な力を頼りに力強く両の拳を握った。「頼みがある」 その言葉で姿勢を戻した三人。 彼等にとって今の立場は互いに対等。そういう事なのだ。「力を――――」 アズリーが言葉を発した直後、それに被せるように灰虎が呟いた。「――――違うだろう、千の魔手よ?」 その言葉に、アズリーは固まり、黒亀が荒く鼻息を吐き、黄龍はくすりと笑った。「お前は勝ったのだぞ? 我ら三人に。未だ誰一人として、魔王ですら成し遂げていないこの偉業! そんなお前が野で生きる我らに頼むのか? 違うだろう?」 固まったアズリーの表情が徐々に緩み、少し恥ずかしそうに一瞬下を向く。 そしてアズリーは、静かに歩き出す。 戦場に向けて。 再び目を伏せる天獣たちを横切り、口の端を上げて小さく、しかし大きく…………呟く。「付いて来い」「「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」 戦場に木霊する巨大な咆哮。 先頭を歩くは、愚かなる千の魔手。 付き従うは、巨大な伝説の霊獣たち……。