実際、七夕が晴れる日はそうそう無い。 朝には雨で濡れた短冊がアスファルトに張りついている光景までが、七夕という行事のイメージだ。 織姫と彦星が満天の星空の下で出会えますように。 きゅっきゅっとマジックで書いた僕の短冊は、もう何年ぶりのものか思い出せない。でもカラフルな厚紙を手にするだけで、どこか懐かしい気持ちにひたれる。 子供のころ関わったきりで、とうに忘れていたものをまた触れる日が来るとはね。そう思いながら手を伸ばし、僕のものとマリーのものを笹にくくりつけてゆく。「おや、これは……」「あっ、駄目よ見ちゃ! 今すぐに忘れて頂戴!」 ぐいーっとシャツを引っ張られたけれど、すぐに忘れるのはなかなか難しい。風流な薄紫色の短冊に書かれていたのは「自転車に乗れるようになりたいです」という内容であり、最後には「まりい」と名前が書かれていたんだ。それは勉強中の文字を頑張って書いたと分かるもので、内容と相まって子供っぽくもあり、また微笑ましい。 先ほどの練習ではハラハラしっぱなしでものっすごく心臓に悪かったけどね!「あっ、また私を笑って! 分かっているのかしら。自転車には支えがひとつもないの。ひとっつもよ? あれを乗りこなすには相当な練習、そして才能が必要なの! しかもエルフ族で最初に挑戦しているかもしれないのよ!」 きゃんきゃんと文句を言ってくる姿に、やはり僕はにっこりと笑い返すことしか出来なかった。「明日、また一緒に練習をしようか」「……ええ、そうね。まだ才能が無いと決まったわけじゃないもの」 むすっと唇をとがらせて、少女はいじけた瞳で自転車を見た。 それからもう一度、その瞳で夜空を見上げる。 普段よりずっと晴れたその夜空は、雲のひとつも無くて綺麗なものだ。大きく欠けた三日月は星の輝きを邪魔することなく、ざざあと揺れる笹の音だけが周囲に響いていた。 頼りない街灯の下、マリーにうろ覚えの「たなばたさま」の歌を教えながらゆっくりと歩く。もともと声の綺麗な子だ。たどたどしくもあり、小さな歌声でも通り過ぎてゆく人たちは振り返る。 綺麗な夜空の下、僕とエルフ族の少女はしばらくそうして家路を歩く。 よく晴れてくれたおかげか、あるいは短冊のおかげか、少女が自転車に乗れる日はそう遠い日のことではなかった。