カノープスからもらったハンカチーフは、私の涙でぐちゃぐちゃになってしまった。けれど、カノープスはそんな無残な惨状のハンカチーフには一切構うことなく、ただおろおろと私の頬に向けて手を伸ばしたり、引っ込めたりしていた。そんなカノープスを見て、『ああ、カノープスだわ』と心が落ち着いてきたのだけれど、その彼の後ろにひれ伏したままのエリアルたちが目に入り、現実に立ち戻った。「エ、エリアル! ごめんなさい、忘れていたわ!」慌てて立ち上がろうとすると、カノープスが片手を差し出してきて私が立つのを介助してくれた。……本当に紳士だわ。私の護衛騎士は立派な騎士ね。そう誇らしく思っていると、カノープスはその整った唇を開いて言葉を紡いだ。「大聖女様のご温情による祈りの時間は終了したようだな。では、あの世へ旅立つ時間だ!」言いながら、何のためらいもなく腰の剣を抜く。「ま、待ちなさい!」とんだ紳士だわ! 立派な騎士だと思ったけど、訂正するわよ。全然、許す心がないじゃないの!私は驚いてカノープスの腕に触れると、慌てて言い募った。「駄目よ! エリアルたちは私を傷付けてもいないんだから! それに、大聖女だったのは昔の話で、今の私は騎士なのよ」「あなた様が何ですって? もちろん、今だって大聖女でしょう?」カノープスはわざとらしく、ほとんど塞がった自分の傷跡に視線を向けた。「うぐぅ……」私は咄嗟に言葉に詰まると、口を開いた。「そ、の話は、後でしましょう。……ええと、とにかく、エリアルたちを傷付けるのは駄目よ。分かった?」私は真剣な表情でカノープスにお願いした。カノープスは賛成しかねるという表情をしたけれど、目を伏せると音を立てて剣を鞘にしまった。「……承知いたしました。あなた様の命であれば、私が従わないはずがありません」既にその声は平坦で、カノープスが自分の感情を抑え込んでいるのが分かった。あんなに派手な音を立てて剣をしまうなんて、不本意極まりなかっただろうに、もう平静に戻っているなんて、相変わらず見事な感情制御ねと思いながら、カノープスの腕をぽんぽんと叩く。「私を守ろうとしてくれたのに、我慢をさせてごめんなさい。いつもありがとう」「……私の感情など、気にせずに捨て置いてください。あなた様がわずかでも、私のことにお心を遣われると思うだけで、申し訳ない気持ちになります」「……その話も後でしましょう」私はため息をつくと、エリアルたちに向き直った。「ええと、それで、よかったら立ち上がってもらえますか? そうして、病人を案内してもらうと助かるんですけど」私の言葉を聞いたエリアルたちは、弾かれたように立ち上がった。そして、もう一度深々と頭を下げると、口を開いた。「……本当に申し訳ありませんでした。あの……、オレたちが大聖女様に対して、許されざる暴挙に出たことは承知しております。この場が解決した暁には、騎士様のお手を煩わせることなく、自分たちで正しく身の処遇を行いますので、ご安心ください」「ま、待ちなさい! どういう訳か、あなた方が思うところの『正しい身の処遇』とやらが、私には正しくないように思われるのだけれど。ええと、待って、落ち着いて! もしも、自分たちを傷付けることを考えているなら、私は許しませんからね!」慌てて言葉を紡ぐと、どういうわけかエリアルたちは涙ぐんだ。「ああ、大聖女様……。狼藉を働いたオレたちにまで、何と慈悲深い……」