好きかもしれない。 いや、たぶん僕はずっと前からマリーのことが好きなのだ。日本で手をつなぎ、一緒に歩き出したその日から。 気がつけば、今までになく素直な感情を口から漏らしていた。「マリアーベル、ずっと君を想い続けているよ。できれば、僕と付き合って欲しい」「ん、どういう意味かしら? だって、いつも一緒にいるじゃない」 ド直球で跳ね返され、しばし僕は凍りつく。 えぇーー……、お付き合いという表現は分かりづらいかな? それとも交際って言えば良かったの? 勇気を振り絞って言ったというのに、今から言葉の意味を説明するだなんて……難度が高すぎる。ただでさえ顔が熱を放っているというのに。 皆が「ああー見てられない」と天を仰いでいるのを背景に、マリーはきょとりと小首を傾げる。「主語が無いから分かりづらいの。そういえば海へ行くと言っていたかしら。もちろんそこへ一緒に行きたいわ。水着というのも……え、違う? どういうことかしら?」 あちゃーという顔をする後ろの女性たちへ、きょろきょろ顔を向けているのも……これ、ほとんど拷問なんじゃないかな。 見かねた竜は、こそりと少女の耳元へ囁きかけた。しかし、わずかに漏れてきたその声は「つまり求愛ということじゃ」と聞こえてしまう。「きゅー……あい……。えっ!?」 きょとりと驚いた顔をし、そして瞳を真ん丸にして僕を見つめてくる。元から白い肌をしているせいで、頬を真っ赤に染めてゆくのは……うっ、これは恥ずかしいぞ。 まさか25歳にして初めて女性へ告白するなど……そして相手がエルフになるなんて思いもしなかった。 直視できない思いをし、硬直している僕へと何かは触れてくる。 ふかりと柔らかく、そして女の子の甘い匂いへ視線を戻すと、すぐ近くで少女は見つめていた。 手を伸ばせばすぐに少女を抱きすくめられるだろう。より密着することも許される。 ちょんと鼻を触れられ、そして少女は囁きかけてきた。「わ、わたっ、私に、求愛、したの?」「うっ、しました……その、だいぶ前からだけど、僕は君のことが好きなんだよ」 ぼふんと煙を上げたと思うほど、少女は瞳も口も開いてしまう。 小さな額を僕の肩へと押し当て、じゅううと音を出しそうなほど温かい。 その姿勢のまま、少女はボソボソと話しかけてくれる。「わたっ、わたしも、好きですよ、一廣さん。初めて一緒に桜を見て、ベンチでうたた寝した私を支えてくれたとき『いいかも』って思い、ました」 おーーっと、これはいかん! 顔から火が出るどころじゃない。2人とも体温を上げすぎて、汗をだらだら流し始めているぞ。ロマンチックさを求めるなら抱きつくべき所だけど、ねっとりした抱擁になりかねない。 それを互いに分かっているから、抱き合う間際で目をグルグルと回しているのだ。 ちょんと指先同士が触れあう。 たまたま触れた指先だけど、互いに何かを覚えて小さく摘みあう。 たっぷりと熱を持つ指は柔らかく、ついすりすりと擦り合わせてしまう。もう少し絡み合うと少女の肩はぴくりと震え、そして「ふぅぅ」と熱っぽい吐息を吐いた。「あのっさぁーー……」「ひゃいっ!」「はい、なんでしょうかイブさん!」 弾かれたよう身を離し、初めて口を開いたイブへと目を向ける。ダークエルフの彼女は、ちょいんと王都方面を指差した。「もう分かったから、昨日の離れで一晩すごしてエッチしてきた……らァッ!?」 ごすんとウリドラからヘッドバッドを喰らい、彼女は悲鳴を上げた。 うーん、馬に蹴られて……とは言うけれど、まさか竜から頭突きされて、という事態になるとはなぁ。 思わぬ過激な発言に、そーっと少女へ振り返ると……先ほどよりも顔から長耳まで真っ赤にし、口をぱくぱくするマリアーベルがいた。 わ、困った。これは困ったぞ。たぶんこちらも真っ赤だし、ちょんと指を握ってこられると可愛さへ卒倒しそうになる。 互いに明後日の方向を見て、そして時間をかけて緊張をときほぐす。 数回の深呼吸をすると、幾分か赤みは薄れてくれた。 ようやく少女の手を取ると、僕らにとって記念すべき瞬間はやって来た。「では、本日からお付き合いしましょうか、マリーさん」「ええ、 一廣さん。これからあなたは私の恋人よ」 くすりと互いに笑いあう。 こうして半妖精エルフ、マリアーベルとの交際は始まったわけだ。