『漫画の世界へようこそエルフさん。』 コンビニの自動ドアが開くと、マリアーベルはあちこちを見回した。 狭い店内にぎっしりと商品が並んでいる光景は、異世界から訪れた身としてとても物珍しく見える。 ふうん、と感心した声を漏らし、瞳には好奇心を宿しながら店内に吸い込まれてゆく。機嫌の良さが伝わる歩調をしているのは、5月を過ぎた穏やかな気候のおかげかもしれない。 あの雲のように真っ白な髪を揺らしながら歩いて、少女の瞳はとあるものに吸い寄せられた。 それは雑誌の数々に挟まれて陳列された一冊であり、じいいっと薄紫色の瞳を近づけてゆく。 眉間に可愛らしい皺を刻み、いぶかしげに片方の眉をつり上げる。 形の良い鼻がくっつきそうなほど表紙に顔を近づけたのは、この世界にいないはずのエルフ族がそこに描かれていたからだ。「……気のせいかしら。どこかで見たことあるような気がするわ」 よくよく見れば、背景には見慣れた建物であるスカイツリーも描かれている。もしかしてこれはと少女は瞳を見開き、思わずその本を手に取った。「見て見て、カズヒホ、大発見よ! 私みたいに江東区で暮らしているエルフがいるのかもしれないわ!」 そう言いながら振り返ると、狭い店内の向こうで肉まんを買おうか悩んでいる北瀬が見える。彼の視線もこちらを向くと柔らかい笑みを浮かべ「どれを食べたい?」と容器を指さしてきた。「あらっ、なにかしらその食べ物は♡」 長いこと過ごしているマリーアベルは、日本語の他にも学んだことがある。それは彼が勧めたものに外れは無いということだ。 いそいそと買い物カゴを手にして、少女は真っ白い髪を揺らしながら歩いてゆく。 そのカゴのなかに、先ほどの本を入れたことなどすっかり忘れていた。挿絵(By みてみん)