第67話 過去の精算 わたしは昔からノート・アスロンという人間がそこまで好きではなかった。 それは故郷であるチャングズの村に住んでいた時からの話だ。 なよなよして、うじうじしているところ。 卑屈で、頼りないところ。 一人じゃ何も決められなくて、人の顔色ばっかり窺うところ。 文句があっても、溜め込むことしかできないところ。 他にも好きじゃないところはたくさんあった。 別に嫌いだったというわけではない。 そこまで好きではなかった。これが一番しっくりくる表現だ。 わたし達の住んでいた村には同世代の子供が他に一人もいなかった。二人だけだった。 このままわたし達が大人になったら、どうなるのだろう。 同世代の男の子が他にいないのだから、このまま村に住んでいたら結婚相手もノートということになってしまうのではないか。 幼い頃のわたしはよく不安に思っていた。 別に幼馴染としては、ノートは悪い人間じゃない。 特に害を与えてくるわけでもないし。 わたしを一番に想って、行動してくれる。 だけど、恋愛対象として見るには少し不満だった。 やっぱりわたしは、もっと頼りがいのある人が好きだ。 男らしくて、前向きな性格の人が好みだった。 だから、幼いわたしは村を出ることを決めた。 結婚するに相応しい男の子を見つけようと。 冒険者になろう。そう決めたのは両親が冒険者だったからだ。 冒険者という職業に憧れる気持ちもあった。 冒険者になると言えば、両親は村を出ていくことを許してくれるだろうという打算もあった。 自分が村を出るのだから、ノートも一緒につれていってあげよう。 過去のわたしはそう考えた。 ノートが昔から、わたしのことを好きだったのは知っていた。 いつもあとをついてきたし。態度や言葉ぶりからあからさまだった。 ノートは隠し通せていると思っていたみたいだけど。 好意を寄せているノート一人を置いて、村を出ていくほどの残酷なことは、さすがのわたしでもできなかった。 自分はどちらかというと、計算的な人間だ。 他人からどうすれば好かれるかを理解して、立ち振る舞うことができる狡い女だ。 そんなわたしでも、長年連れ添ってきたとあれば、ノートに情くらいは湧く。 わたしはノートと結婚するつもりはないけど、一生結婚相手を見つけられないというのもかわいそうに思えた。 だから、わたしはノートをそそのかして、彼にわたしと同じ夢を与えた。 村を出て、一緒に一流の冒険者を目指すという夢を。 別にノートのことは嫌いじゃないのだ。 一緒に冒険者をやる分としては問題ない。 むしろ、わたしの思い通りに動いてくれる分、助かるくらいだ。 それに長年一緒にいたということもある。 気心の知れない赤の他人と冒険をするよりかはずっといい。 ノートはわたしといて、果たして他の女の子を好きになることができるのか。 それだけが不安だった。 自分で言うのもあれだけど、わたしはかわいい方だと思う。 性格は悪いけど、よく見せようと思うこともできる。 それにわたしはノートに好かれている自信もあった。 もし、わたしが恋人を作ったら、ノートは落ち込むのだろうか? きっと落ち込む。 口では強がっても、内心ではショックを受けるはずだ。 もし、ノートがわたしへの恋心を諦めきれることができなかったら、どうすればいいのだろう。 諦めきれず、結婚相手も見つけようとしなかったら、どうしよう。 ノートはわたしがいないと何もできない。決められない。 同世代の人が他にいないという環境だったせいもあると思うけど。わたしに依存していた。 ノートが別の女の人についていくという光景が想像できなかった。 ノートにわたし以外の女の人と結婚する気がなかったら、どうすればいいのだろうか。 わたしが責任を取って、結婚しなくてはいけないのだろうか。