自分が? 尚人に? あり得ない。 ......あり得ない。 ... ...あり得ない。 そんなことは絶対にあり得ないッ! ──本当に? 思考が惑乱して、心底キモが冷えた。快楽で身体を縛り付けることはできても心までは手に入らないのだと切実に思い知らされたのだった。ショックで身体どころか脳味噌まで冷た く痺れた。そのときの衝撃がなければ、本当の意味で尚人と向き合うことができなかったら、雅紀はいまだに延々と地獄のような迷宮を彷徨っていたかもしれない。加々美がそれを知ったのは、尚人が『アズラエル』でやった体験学習のときだったらし い。いつものように食事に誘われたときに尚人の話になって。──尚人君、英検一級だって? いきなり流 暢な英語で来客に対応しているのを見たとき にはさすがにぶったまげたぞ。おまえら兄弟って規格外れもいいところっていうか、ほんと 侮れないよな。そんなふうに言われたのも記憶に新しい。加々美も、まさか尚人がそこまでの異才だとは 思ってもみなかったらしい。 「なんで、ナオをご指名なんですか? 『アズラエル』には腐るほどいるでしょ、語学力のある人が」