「今日は皆さんの普段の訓練風景を見せてもらいまーす」 訓練場に着くや否や、俺はそう宣言して、その場にどっかと腰を下ろした。 第一宮廷魔術師団の皆さんは整列したまま動き出す気配がない。団長の指示待ちか、それとも俺の指示に従うつもりは毛ほどもないのか。恐らくそのどちらもだろう。 俺がどうしたもんかと座りながら考えていると、二人の男女がこちらに歩み寄ってきた。ゼファー団長とチェリちゃんだ。「ふざけるのもいい加減にしてください」 相変わらず敵意丸出しのチェリちゃんは、俺のことを睨みながら罵ってくる。「普段どんなことやってんのか知らないんだもん。指摘しようがないじゃない?」「だもん、じゃありません。指摘していただかなくて結構です」「それは困る」「どうぞ困ってください」「――いや、待て。チェリ」 チェリちゃんとあーだこーだ言い合っていると、ゼファー団長が口を挟んできた。険しい顔をしているが、文句を言ってやろうという顔ではない。この人なら話が分かりそうだ。「小僧。昨日、去り際に使ったあの魔術。あれは雷属性・参ノ型で間違いないか?」「肆ノ型だね」「……で、あるか」 いきなり小僧呼ばわりで質問してきたかと思ったら、今度は頷いたまま考える人になりやがった。なんだこいつ。頭頂部だけじゃなく脳みそまでハゲてんのか?「肆ノ型? 嘘も大概にしてください。雷属性なんて魔術が存在するわけありませんし、こんな人が肆ノ型を使えるわけもありません」「あ、あのぉ……」 ぶーぶーとディスり続けるチェリちゃんの後ろから、恐る恐るといった風に女性が一人現れた。彼女は確かアイリーさんだったか? 焦げ茶のセミロングに垂れ目の優しそうな顔、普通普通&普通な見た目である。真面な人という印象だったが、彼女も俺に文句を言いにきたのだろうか? だとしたらショックだ。俺は少々の覚悟をして彼女の言葉に耳を傾けた。「セカンドさん……サインいただいてもいいですか?」 ガクッとずっこける。今ここでこのタイミングで? 何だそりゃ。「いいけど何で?」「妹が魔術学校にいて、それで、あの、セカンドさんの大ファンなんです。昨日家でセカンドさんのことを話したら、もう、狂喜乱舞しちゃって……絶対にサイン貰ってきてーって」「ああ、そういう」 俺はあえて冷淡に振る舞ったが、実を言えばメチャクチャ嬉しかった。 前世で世界一位だった頃は、サイン・握手・写真なんて日常茶飯事。彼らの求める「最強の世界一位像」を崩さぬように対応するのは中々に骨だったが、この世界に来てからはとんと忘れていた苦労だった。あの世界一位の栄光が一瞬でもここに蘇ったようで、得も言えぬ感慨が湧き出てくる。「名前は何という?」「あっ、はい。アロマです」 彼女の持ってきたサイン色紙に、慣れた手つきでsevenと書こうとして……寸前で、セカンドに修正する。あぶないあぶない。 書き上がりは「世界一位の男セカンド」となった。これでは言い過ぎかと思い、世界一位の前に「いずれ」と書き足す。そして最後に「アロマへ」と書いて、ふと思い立ち、その上に「アイリー&」も書き足してみる。「はい、どうぞ」 俺はアイリーさんへ色紙を手渡して、ニコっと笑った。笑顔というのはこういう時のためにあるのだ。「サインを~」と言ってきた段階で笑ってしまえば、それは味消しである。むしろ最初は冷たく対応するべきなのだ。そうしてギャップを演出する。滅多に笑わないからこそ時たま見せる笑顔の価値が上がるのだと、俺は前世のファンサービスでそう学んだ。「あ、あり、ありがと、ござますっ」 アイリーさんは頬を赤くしてぺこぺこと頭を下げながら去っていった。どうやらクリティカルヒットしたようだ。 その時、ふと気付く。彼女の周囲で、羨ましそうな視線を送る女性団員の姿がちらほらと見て取れた。なるほど、全く歓迎されていないと思っていたが、ごく一部の人たちは俺に好意的みたいだ。ありがたい。その代わりに、男性団員からの支持はしばらく得られそうにないが。