――瞬間、アカネコの表情が凍てつく。「そうか……知られてしまったか」「あくまで私の推察でしたが、期せずして答え合わせしてしまいましたね?」「ならば生かして帰すわけには行くまい」「――ッッッ!」 速い。 瞬きする間に目前まで迫る高速の移動と、まさに閃光のような居合。 アカネコは喋り終わると同時に《桂馬抜刀術》を繰り出したのだ。 殺気も何も感じない、予備動作すら一切ない、完全に平常の状態から。 構え、鯉口を切り、スキルを発動し、抜く。全てを瞬時に行う技量は、まさしく達人のそれであった。「な……!」 相当の自信があったのだろう。 事実、相当の実力だ。この世界のタイトル戦出場者レベルには優に達している。 だからこそ、彼女はその凛とした顔を崩し、驚愕の表情を見せた。「良い刀だ。毎日手入れしているのか?」「な、何を申して……いや、何をした!?」 ノックバックした彼女が声を荒げる。 まあ、受け入れ難いだろうな。渾身の居合を、単なるお皿に防がれたんだから。 否、彼女はまだそれに気付いてすらいないような気がする。俺が手ぶらで何かをしたと、そう勘違いしているのかもしれない。 彼女が構え・鯉口を切り・《桂馬抜刀術》を発動し・抜き・斬りかかるまでの間に、俺はインベントリからお皿を取り出し・装備し・《歩兵盾術》を発動し・0.037秒間のタイミングを目視し・パリィし・お皿を装備から外し・インベントリに仕舞った。 彼女はそれを瞬時には理解できなかった。ただそれだけのことだ。「気が変わった」 俺は誰にでもなく呟く。 元より、この刀八島へは刀を手に入れるために渡ったのだ。一度来てしまえば、後はあんこの転移召喚で行き来し放題。ゆえにあーだこーだ言われずともとっとと帰るつもりだった。 ……それが、だ。この島の人々は、良い意味で、俺の期待を裏切った。 単なるスキルの【抜刀術】に流派が存在している? 刀を持ち【抜刀術】を扱う者は侍と呼ばれている? 門外不出の秘匿技術? 閉鎖的な島国? 実に、実に面白そうじゃないか!! それに極め付きは彼女、アカネコだ。 見たところかなり若い。17歳くらいか。そんな女の子が、これほどまでに強いとは。 そして、「島内の情報を外へと出さないように」というただそれだけのために、見ず知らずの男女を瞬時の判断で斬り殺そうとした。それも、一切の躊躇なく。 どうやったらこのように育つのか。 明らかに異様な環境。異質の文化。「……お前、何故、笑って……」 おっと、ついつい顔がニヤついていたようだ。 しかし、俺の口角は上がったまま戻らない。強者のニオイを感じ取り、これでもかと胸が高鳴っているから。「ご主人様」「悪いが、しばらくこっちに通うことになると思う」「……仕方がありませんね。まあ、いつものことですから」「すまんな」 俺はユカリに一言断りを入れて、アカネコに向き直り、沈黙を破った。「アカネコ。この島を案内してくれ」「何を、馬鹿なことを」「真剣だ。俺は抜刀術を覚えるためにこの島へ来た」「…………」 アカネコは口を閉ざし、思考の姿勢を見せた。 しかし、その表情は依然として苦々しい。 ここは少し、強引に行った方が良さそうか?「とりあえず、兜跋流? の道場を見てみたいんだが」「駄目だ、無茶を申すな。その女の推理を聞いていたのならわかるだろう。私がお前を島へ引き入れたとケンシン様に伝わっては困る。お前が黙ってここから去れば何も問題はないのだ」「ケンシン?」「……兜跋流家元。私の父上だ。ケンシン毘沙門と申せば伝わるか?」「へぇ!」 現毘沙門。タイトル保持者か。