うん、僕からはどちらの顔もそっくりに思えるかな。 後ろから近づいてみると、あんこうは確かに不機嫌そうにも見える。たぶんそれは元の顔つきの問題だろうけど、しかしふと思い出すものもあった。「うーん、前にエルフさんから食べられたのを覚えているんじゃないかな」 えっ!と驚いた顔で振り返ってきた。「まさか! 私がこんなグロテスクな魚を食べるはずが……」「あれ、青森の鍋を忘れたの? ほら、たっぷりの白子と一緒にいただいたはずだけど」 だいぶ前、ゴールデンウィークで帰省したときのことを伝えると、少女の薄紫色の瞳が天井を見あげ、それからビクンと肩を震わせる。「あ、あーーっ、食べた、食べたわ! 嘘でしょう、こんな子があんなに味わい深い料理になるだなんて……! ごめんなさい、驚かせてしまって。でも今は食べるつもりなんて無いから安心して頂戴」 つんつんとアクリル板を突つくと、あんこうは呆れるように腹まで砂にもぐる。その様子はなんとなく「でもまた食べるんでしょう?」と言いたげだ。「びっくりしたわ。お魚って見た目と味が比例しないのね。……まさかだけれど、反比例をするということは無いのよね?」「え、醜いほうが美味しいかって? うーん、どうだろう。僕の知っている限りだと、美味しいものはだいたい見た目も綺麗だと思うよ」 そう答えると、あからさまにホッと安堵の息を吐く。たぶんだけど、これまで食べた美味しいものたちが、実はグロテスクな姿をしていたのではと変な想像をしたんじゃないかな。 しかしまだまだエルフさんの機嫌は直らない。顎先に手を置いて、神妙な様子で話し始める。「でも複雑な気持ちだわ。あれの本当の姿を知ってしまったら、もう食べれなくなってしまうかもしれないもの」「あんこうか……そうそう、あれはもうすぐやってくる冬こそが旬でね。味わい深さもより強烈になって、もし一度でも食べたら病みつきになるんだ。青森にとっては冬の名物で、きゅっと日本酒と一緒に飲みこむと……」 などと昔を懐かしがって話していると、ゴクンっと飲みこむ音が前後から聞こえてきた。前者はもちろんエルフさんで、後者はフードに隠れている子猫さんだ。 さすさすお腹をさする少女は、少しだけバツの悪そうな顔を向けてくる。「も、もちろん残すだなんてひどいことはしないわ。良いかしら、これは決して食い意地の問題ではないの。エルフというのは自然と調和をして生きている種族であって、食べ残すなんてひどいことはできないの」 おすまし顔で「分かったかしら」と告げられると、僕としては「急にエルフ族の習わしが早口で出てきたぞ」と目を丸くする。だけど砂底にもぐったあんこうを、薄紫色の瞳がちらちらと眺めているのは何故なのだろう。 もう少しだけ押してみたくなった僕は、にっこりと笑いかけた。「じゃあ年末の帰省では、あんこう鍋で決まりかな?」「わあ、良いわねっ! うっ、その……私がそう言ったことはおじいさんに伝えないでもらえないかしら」「それもエルフ族の習わしなの?」「ええ、実はね。あんこうのお料理は美味しいけれど、エルフ族の誇りとして絶対に食べたそうな顔をしてはいけないって言い伝えで……」 そう話していた最中に、ぶふっと少女の唇が吹き出してしまう。笑い足りないのか腕に抱きついて、くつくつとお腹を震わせる様子まで伝わってくる。 ようやく少女は顔を上向かせると、艶のある唇へわずかに舌を覗かせていた。どうやら観念したらしい。「これだけ長いこと一緒に住んでいるのに、エルフ族の習わしを全然知らないんだけど?」「まったくもう。帰ったらたくさん教えてあげるから覚悟なさい」 いーっと歯を剥いて、それから「私も忘れかけていたから丁度良いわ」などという言葉を付け足した。 彼女の瞳は奔放にあちこちを眺める。 ばいばいと手を振って立ち去るエルフに安心したのか、彼はぶすっと砂混じりの息を吐いた。