――古代迷宮。 死ぬ間際、悪魔は最悪な贈り物をくれた。 魔界へと通じる門を開き、それを皮切りに大混戦となったのだ。 溢れ出る魔物を殺し尽くし、そして門を破壊する。たったそれだけの作業に、丸一日を費やすことになるとは。 痺れを切らしたダイヤモンド隊のリーダーは、部下に任せることをようやく諦める。 魔物は全て片付いた。 しかし全てが片付いたわけではない。 第一階層最後の主を倒したことで、古代迷宮にはかつて無い静寂がある。 カツカツという靴音は高く響き、天井にまで反響しているかのようだ。 だからこそ浅黒い肌をしたエルフは、赤く染まった腹を押さえながらも熱い瞳で彼を見つめてしまう。彼が近づくたび頬は染まり、目の前へ辿り着いたときにはぶるりと身体を震わせるほどだ。「……イブ、怪我をしたのか?」「いえ、ザリーシュ様に気遣っていただくほどでは」 うん?とその青年は小首を傾げた。 どうやら投げかけた言葉には異なる意味があったらしい。「君だけだよ、怪我をしたのは。次も駄目なら考えるから」「……っ!?」 氷を浴びたよう目を見開く彼女を、青年はもう見ていない。 どちらかというと彼にとっては異なる女性のほうが気になるのだ。オアシスで出会ったあの女性、あれがいたせいでイブなる者への関心が薄れてしまう。 竜人、それに精霊魔術師エルフ、どちらもかなりの貴重であり、第一階層でどこよりも早く主を倒したときには「やっぱりな」という感想しか出なかった。 いくつかの算段を考えつつ、彼はひとり歩く。 彼は有名な収集家ではあるが、収集箱には限りがある。指にはめられた幾つもの指輪に触れるのは彼のいつもの癖だ。 誰の耳にも入らない場所へ行き、周囲を守る陣を張り、それから誰にともなくつぶやいた。「そろそろ始めようか。準備は出来ているな?」 声は小部屋に響き、そして誰にも聞かれることなく消えて行った。 こうして全ての物事は古代迷宮から始まったのだ。